2020年05月20日

'20. 5.17. 「収集→保存 あつめてのこす」展 会場:高知県立美術館









'20. 5.17.   「収集→保存
あつめてのこす」展     
会場:高知県立美術館



館蔵品からの展示として「収集
みんなのコレクション」と「保存
過去と未来の中継地であるために」の二つに分けて「展観することで、…これまでの作品収集にまつわる歩みを可視化すると共に、作品をいかにして次世代へと残し伝えていくかという課題にも向き合おうとするものだ」(頒布リーフレットP3)という展覧会を観覧してきた。契機は、耐震化工事に伴う休館中の収蔵作品の調査及び整理作業だったようだが、公立館として負っているもののなかで、美術館というものの存在証明に直結する問題に館として改めて向き合った結果を提示するのは、職員にとっても県民にとっても、非常に有意義な好企画だと思った。



3つのカテゴリー“1
新たなコレクション”“2 めぐりめぐってこの場所へ”“3
コレクション・ハイライト 1980-90’s”からなる「収集」では、三年前に亡くなった高崎元尚<http://www.tosakpc.net/main1-9.html#p0159 >『装置66-6'66]ほかの作品及び資料15点が目を惹いた。全て奥様からの寄贈によるもので、資料などは初めて観るものばかりだったが、作品自体は馴染みのあるものだし、作家との交流が僕自身にもあったので、高知県立美術館のこれまでを総括するような企画展に大きく取り上げられていたことが、タイミング的なものがあったにしても大いに嬉しく感じられた。



しかし、“1
新たなコレクション”に展示されていたものが全て寄贈品ばかりであることが少々気になったところ、収集における経年状況がグラフと共に示されていて驚いた。僕が在職していた'93年の開館時、作品収集については1億円の文化基金で対応することになっていて、収集すべき作品を購入した後は、予算化して積み増し補填するのがルールだった覚えがある。ところが、2005年以降、県による購入は一切なくなっているとのことで、その後、わずかに購入した作品は、運営経費をやりくりして捻出した作品収集費外の資金によるものとのこと。現在の文化基金がどうなっているのかと、公表されている高知県の平成30年度の基金運用状況審査意見書にあたってみたら、基金総額は38億8千8百万円だが、絵画等に形を変えていない定期預金等は814,000円しか残っていない。確かに、これでは作品収集に充てることはできないだろう。“3
コレクション・ハイライト 1980-90’s”には、現在の評価額だと、仮に作品収集費が手当てされていたとしても到底購入できそうにないジャン=ミシェル・バスキアやゲルハルト・リヒターの作品が展示されていた。リーフレットの記載によれば、バスキアの『フーイー』'82]の昨年の貸出輸送に際して提示された保険評価額が約13億円だったそうだ。保険評価額でさえ購入額の約43倍になっているわけだ。



そのほか、“3
コレクション・ハイライト 1980-90’s”に展示されていた『黒いスープ』'84]に穴が開いていることに初めて気づいたり、『ヒストリカル・ランドスケイプ』'93]を久しぶりに観て、この作品自体はさほどでもないながら、福田美蘭が好きだったことを思い出したり、“2
めぐりめぐってこの場所へ”にあった篠原有司男の『空海現る』'95]とアート電車制作風景の写真スライドを観ながら、レッド・グルームスによる最初のアート電車の制作を学芸員から持ち掛けられ、降って湧いた話で予算化されていないなか、どうやって実現させるか難儀したことなどを懐かしく思い出したりした。最初に話があったとき「それは面白い、何とかしたいね。」と言ったら、「予算計上されてないのに、事務の方に最初にそう言ってもらえて凄く嬉しいです。」と相好を崩した学芸員も今は在籍しておらず、僕がいた開館時の6人の学芸員で現在残っているのは、今の学芸課長1人だけになっている。



続く「保存」もまた、3つのカテゴリー“4
忘れえぬこと”“5 作品は何でできている?”“6
アーティスト・インタビュー”によって構成されていた。最初の“4 忘れえぬこと”では、'98年の豪雨災害で1階が水没した際に被災した108点のなかから、4点の油彩画が展示されていたが、被災写真との対照のなかで、その凄い修復技術に恐れ入った。それゆえにこそ、修復の手はどこまで施すべきものかを問う提起は、作品が作品として負うべき歴史の痕跡と外観の問題及び作者の意図しない人の手の介入の問題について観賞者に考える機会を与えるものになっていたように思う。'98年豪雨の被災時には作品外の備品についての台帳も散逸したとのことで、開館当時の調達業務を直接的に担った職員としてその再現と確認に駆り出された覚えがある。



次の“5
作品は何でできている?”に展示されていたアンゼルム・キーファーの『アタノール』'88-91]は、平成5年の開館記念展で正延正俊の『作品 65.2』と並び、僕の目を一際惹いたお気に入りの作品だ。表面をバーナーで焼いたような作品には当初から焼け焦げて破損している部分が随所にあって、この状態で何年も持ち堪えることができるのだろうかと懸念したが、四半世紀を過ぎた今観ても、当時心配したような変容には見舞われておらず、その保存に感心した。確か幾度か貸し出しにも応えたように記憶しているが、キーファーは「
自分の作品は、外観は大変デリケートで脆そうに見えるかもしれないが、実は非常に耐久性がある」(頒布リーフレットP17)と言っていたそうだ。



美術館のエントランス正面の階段に掛けられているフランク・ステラの『ピークォド号、薔薇蕾号に遭う』['90]は、美術館ホールのホワイエに架けてあるニコラ・デ・マリアの『グロリア』['88]ともども開館時にどこに据えるか場所に難儀した作品だが、他の場所に置き換えようもなく四半世紀も居続けるなかで、両作ともそれぞれの場所をシンボライズする県立美術館の顔と言える作品になっているように思う。だが、出しっ放しにされているがゆえに汚れや埃の溜まりようが激しく、とりわけ立体作品である『ピークォド号、薔薇蕾号に遭う』は接合部の劣化もあって修復を要したとのことで、その修復・組立作業を記録した映像が展示されていて目を惹いた。



最後の“6
アーティスト・インタビュー”に設えられていた『モリクラ・マシーン』'98]の森村泰昌インタビュー映像と『ヒノマル・イルミネーション』'92]の柳幸典インタビュー映像は、本展の企画趣旨に適ったなかなか興味深いものだった。


 これまで開催されてきた展覧会のなかでも好企画の上位に来る展示だったように思われるだけに新型コロナ禍によって本来の会期の大半が休館になってしまったことがとても残念だった。









  ヤマ

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/


   (『間借り人の映画日誌』)

http://www.arts-calendar.co.jp/YAMAsan/Live_bibouroku.html

   (『ヤマさんのライブ備忘録』)





posted by アーツワークス at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術系
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