2019年11月25日

水俣・ひとり芝居「天の魚」








'19.11.22.   水俣・ひとり芝居「天の魚」


会場:蛸蔵  





 三世代で水俣病に見舞われた江津野家を訪ねて来た「あねさん」と呼ばれる訪問客に、問わず語りに来し方をつまびらかにしていた江津野老(川島宏知)が、しきりと見せていた空笑いに潜む遣る瀬なさが何とも痛ましくも悲しくて、あねさんに語っているとも胎児性水俣病患者の9歳の孫杢太郎に語っているとも知れない「わしらの舌は殿さん舌でござす」との台詞が耳に残った。


 時代設定の東京五輪の歳1964年には、メチル水銀を含んだ廃水による魚介類汚染が原因だとの情報は既に当事者たちにも届いていたように思うから、なおのこと、せわしくて新鮮な刺身にもありつけない都会暮らしにはない至福が水俣の海にはあるとの江津野老の言葉が哀しく響くのだろう。胎児性水俣病患者の孫のみならず漁師の息子も、腕に激しい震えの発作がくる自分自身も揃って水俣病患者で、どこにも行き場がなく、その海で暮らすほかないのだ。


 高校時分に観た『サンダカン八番娼館 望郷』['74]で知った覚えのある「からゆきさん」にまつわる話は、川島宏知の師に当たる砂田明が本作を創り、'79年から全国行脚公演を始めた時分には意義も意味もあったように思うが、今となれば、少々焦点がぼやける方向に作用しているようにも感じた。


 砂田亡きあと、川島が再演を始めたのは'06年とのことで、十三年前になるわけだ。宿毛市出身の彼が願っていたとの高知市公演がようやく叶ったと話していたが、奇しくも、水俣病患者らが初めて裁判で補償を求めたという'69年からちょうど半世紀経った歳に叶ったことになる。スタッフを含めて、ライフワークというものを得ている人々の生の強さというものが端々に感じられるような公演だったことが、とても印象深かった。








  ヤマ

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/


   (『間借り人の映画日誌』)

http://www.arts-calendar.co.jp/YAMAsan/Live_bibouroku.html

   (『ヤマさんのライブ備忘録』)




posted by アーツワークス at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇・パフォーマンス系
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