2018年04月26日

World Music Night vol.28 “さえずりな夜&高知カリビアン・ハーツ”









'18. 4.20.  World Music Night vol.28 “さえずりな夜&高知カリビアン・ハーツ”

         会場:高知市文化プラザかるぽーと 小ホール


 今回のWMNは、ドラム缶楽器スティールパンを軸にした“〜世界の音楽と料理を楽しむ夕べ〜”だった。


 ステージ上にこれだけたくさんの各種スティールパンが並んでいるのを初めて観たように思う。そのスティールパン合奏を行ったのは、高知カリビアン・ハーツ。久しぶりに聴くスティールパンの生音は、やはり転がるように綺麗だなと思った。ただ合奏となると少々音がガチャガチャしているように感じられた。だが、30分ほどの前座ステージの後で始まった、さえずりな夜(steel pan 山村誠一、7弦ギター 山田裕、piano 鶴来正基)では、明るく楽しい音楽が似合いのスティールパンのイメージを変えるような美しく抒情的な演奏を、さまざまな鳥のさえずりを思わせる器楽演奏による導入部に続けて披露していて目を惹いた。


 中南米音楽のさまざまリズムに乗せた演奏のいずれもが、いかにも中南米的な賑やかさとは懸け離れたもので、異彩を放っていたように思うのだが、いかんせん客席のノイズがあまりにひどくて音楽に集中できなかった。物を落とす音や袋をガサガサいわせる音、ヒールの音、子供の話声などなど。踊りを誘うような賑やかな演奏なら気にもならないのだろうが、“さえずりな夜”には酷だ。MCの山村誠一は、それを察してのものなのか地なのか判らなかったが、えらく砕けた笑かし話を繰り広げ、演奏の醸し出すものと対照的なステージ構成を取っていた。


 そんななか、耳に残ったのは、ちあきなおみの歌で覚えのある♪黄昏のビギン♪のノーブルとも言えるような情感を湛えた演奏と、山村のオリジナル曲だとの♪エル・ドラド♪のドラマ性の豊かなジャズ風味の濃い演奏だった。鶴来の才気豊かなピアノが気に入った。どうせなら、もう少しいい条件で聴きたかったなぁ。ライブスポットで音楽を楽しむときは、ノイズがむしろ場の雰囲気を作り上げていると感じたりもするのに、音楽って面白いもんだと改めて思った。











  ヤマ

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/ 

    (『間借り人の映画日誌』)

http://www.arts-calendar.co.jp/YAMAsan/Live_bibouroku.html

    (『ヤマさんのライブ備忘録』)





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2018年04月24日

伊藤郁女「私は言葉を信じないので踊る」 7/21.22 @彩の国さいたま芸術劇場





ダンサー・振付家の伊藤郁女と彫刻家の父
伊藤博史が
ダンスと言葉の交差点で再会するデュエット


「私は言葉を信じないので踊る」Je danse parce que je me
méfie des mots


 


<公演情報>


さいたま公演


日時:2018年7月21日(土)、22日(日)15:00開演 (全2公演)


会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール 


チケット料金(税込・全席指定):一般:4,000円 U-25*:2,000円 *公演時25歳以下対象。入場時要身分証提示。


                メンバーズ一般:3,600


チケット発売日: 一般:428日(土)/メンバーズ発売:421日(土)


チケット取扱い・お問合せ:


SAFチケットセンター 0570-064-939(休館日を除く10:0019:00


[窓口] 彩の国さいたま芸術劇場(休館日を除く10:0019:00


             
埼玉会館(休館日を除く10:0019:00


[PC] http://www.saf.or.jp/


[携帯]
http://www.saf.or.jp/mobile/


 


○チケットぴあ 0570-02-9999 【Pコード:486-211http://t.pia.jp/PC&携帯)


 


○イープラス  http://eplus.jp/PC&携帯)


 


HP:http://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/5156


 


主催・企画・制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団


後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本


 


●豊橋公演


              
7
27日(金)19:00開演、28日(土)14:30開演 


               
会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース


                
料金:一般3,000円、U2424歳以下):1,500円、高校生以下:1,000


               
お問合せ:プラットチケットセンター 0532-39-3090 https://toyohashi-at.jp/


               
主催:公益財団法人豊橋文化振興財団


               
共催:豊橋市


               
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)


       独立行政法人日本芸術文化振興会


 


●金沢公演


             
8
4日(土)19:00開演、5日(日)14:00開演


             
会場:金沢21世紀美術館
シアター21


             
料金:一般3,000円(ほか割引料金あり)


             
お問合せ:金沢21世紀美術館
交流課 076-220-2811 


               
http://www.kanazawa21.jp/


               
主催:金沢21世紀美術館(公益財団法人金沢芸術創造財団)


               
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業
)
       独立行政法人日本芸術文化振興会







コピーライトマーク Laurent
Philippe


 









 

 

 

posted by アーツワークス at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | コンテンポラリーダンス・バレエ系

木野彩子「建国体操ヲ踊ッテミタ」プレスリリース第3弾[2018.5.12開催]

各位
(bcc送信にて失礼いたします)

 
平素よりたいへんお世話になっております。

木野彩子レクチャーパフォーマンス「建国体操ヲ踊ッテミタ」まで、あと3週間となりました。
「建国体操」にまつわる数字を辿っていくと、戦前日本で体操が政治的に利用されてゆく過程が浮かび上がってきます。
さらにそこに密接に関わってくるのが本公演の会場、近代日本の象徴でありスポーツの聖地でもある明治神宮外苑。

本リリースでは、4つの数字を手掛かりに、両者の関係を読み解いていきます。

 
掲載トピック ===================================================
Q1. 1940年は皇紀2600年。これはいつから数えて2600年でしょうか?
Q2. なぜ5月12日に明治神宮外苑で建国体操をするのでしょうか?
Q3. 第6回日本体操大会では何人が建国体操に参加したでしょうか?
Q4. オリンピックにも縁深い明治神宮外苑。日本での開催数は世界何位でしょうか?
=============================================================

設問の答えは、添付のブレスリリース#3をご覧ください。

実際の上演では、体操が流行していた当時、ダンスはどのような状況にあったのかという点についても言及していきます。ぜひお立ち会いいただければ幸いです。
 

基本情報-----------------------------------------------------------------
木野彩子レクチャーパフォーマンス
「ダンスハ體育ナリ? 其ノ弐 建国体操ヲ踊ッテミタ」
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[日時]2018年5月12日(土) 11:00開演 /14:30開演
[会場]明治神宮外苑 聖徳記念絵画館 会議室(※完全予約制)
  http://www.dance-archive.net/jp/news/news_11.html

[主催] NPO法人ダンスアーカイヴ構想
Tel : 03-3450-6507 


広報にご協力頂けますよう、何卒よろしくお願いいたします。
本件についての問合せ、写真等のご請求は下記にご連絡ください。

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NPO法人ダンスアーカイヴ構想
担当:溝端
Email : press@dance-archive.net
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posted by アーツワークス at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | コンテンポラリーダンス・バレエ系

2018年04月18日

おさらい会vol.02『宮城野-MIYAGINO-』









'18. 4.15. おさらい会vol.02『宮城野-MIYAGINO-』

会場:劇団33番地 蔵の稽古場


 シアターTACOGURA公演#007『イプセン 民衆の敵』でカトリンを演じて魅力的だった伊藤麻由の演じる宮城野に、艶と気丈が確かに備わっていて、なかなか刺激的な作品になっていた気がする。女郎の宮城野と彼女が惚れている絵師見習いの矢太郎(山田憲人)が交わす会話のくるくる変転する言い分に、何が本当のことなのか、そして、宮城野が「あたい、あれが好きな女なんだと思うんです。…あれっていっても、いやらしい意味じゃない…男の人に抱かれることじゃないのよ。」と最初に言っていた「あれ」とは何か、ついつい考えさせられた。


 全体的には、どうやらのっぴきならぬ事情により別れを果たさねばならなくなった二人が互いを慮った口上を交わしていたような気がする。されば、唯一、偽りなき真情が語られたのは、矢太郎の去った後の宮城野の独白場面だけということだ。ならば、矢太郎との駆落ちと写楽殺害を孫娘のおかよが告げに来たのは事実だということになるが、おかよは、矢太郎が言うような「うぶなお方」でも、宮城野が矢太郎に告げたようないじらしいことを言う女でも、なかったことになる。それでも宮城野が、おかよの実像を伝えるどころか、矢太郎を想って写楽殺しまで引き受けようとしたのは、何ゆえだったのか。


 最後の宮城野の独白場面での「いいんだ、いいんだ、それもこれも、みんな、あたいの、あれが好きな性分から来てるんだもの。だれを責めるわけにもいかない」を思い返しながら、当日配布の演出ノートで触れられていたキリスト者的なものとしての受苦や自己犠牲よりは“貧乏くじ”という言葉が浮かんだ。宮城野は、別れも告げずに姿を消しても不都合なかったはずの矢太郎がきちんとけじめを付けに来てくれたばかりか“いい値で売れるはずの役者絵”をくれたことが無性に嬉しかったのだろう。そして、どうにも江戸を去らねばならない事情によって姿を消すのであって、宮城野に愛想をつかしたのではないと知らせてくれたことへの返礼に宮城野が矢太郎の心理的負担を軽減しようと騙り話をしたことに対して、自分への執心が深いことをつくづく感じ取った矢太郎が、絵を返してもらうと悪態をつき、自分を訴え出るかもしれないとまで言って、愛想尽かしをさせようと応えてくれたことに痺れたのだろう。あのとき宮城野が「あたいが、どうして、その絵をこんなにほしがってるか、いつかわかるよ。」と言ったのは、そういう意味に違いない気がする。宮城野が床に入ることを誘っても応じなかった矢太郎が別れに際して頼んだ裸身を見せてくれとの願いに応えていた場面を観ながら、『人間の條件』(監督
小林正樹)の梶夫妻を想起した。宮城野は、本当は矢太郎が殺しのできる男などではないことを確信していたのではなかろうか。


 いつも貧乏くじを引くことを自分の性分として積極的に引き受け拠り所にするしか、苦界に沈んだ自身を支え気丈に生き延びる術がなかったと思しき宮城野の哀しみと、そのなかで施された“夜なきうどん”に始まる矢太郎から受けた温かみへの想いの強さが偲ばれて心に残った。宮城野を演じた伊藤麻由が、しどけなく脚を覗かせつつ、艶と気丈を確かに伝えていた声の調子と眼差しの揺らぎに誘われたのかもしれない。もっときちんとした照明や道具を設えた舞台のなかで味わってみたいと思った。そして、本作をそんなふうに解した自分からすると、山田憲人の演じた矢太郎は、少々人物造形が違うような物足りなさが残った。


 本作を演出するうえでの重要ポイントは、矢太郎をどのタイミングで退出させるか、なのだろう。今回の公演では、テキストを提供してくれていたから、それに従うと、彼の最後の台詞「こっちも、もう、一ぺん、言うぜ、あ、ば、よ。」の後のト書きに(虚勢とすぐわかる、すごんだポーズをするが、やがて…)とあって(肩を落とした後ろ姿が哀れである)となっていて、作者が矢太郎退出のタイミングを指定していないところが目を惹いた。


 つまり「唯一、偽りなき真情が語られたのは、矢太郎の去った後の宮城野の独白」となるとすれば、矢太郎の「あ、ば、よ。」の後に続く宮城野の台詞「なんだい、なんだい。じゃ、ひょっとしたら、三人で最初からしめし合わせて、ぐるで……殺しを……」の時点で矢太郎がいるのかいないのかが、とても重要になってくるわけだ。水呑百姓の味方の侍だったという高野信三郎が決して紳士などではなくて、宮城野を「手ごめにして、思いきりなぐさみものにして、それっきり、ドロンの、人間の屑」だったとの話はともかく、「おかよだってそうだ」の部分を矢太郎に聞かせた言葉とするのか、矢太郎がいなくなった後での独白の言葉とするのかでは、意味合いが全く違ってくる。


 演出プランとしては、この日の公演のように矢太郎の「あばよ」で退出させるのもあれば、彼の(肩を落とした後ろ姿)に向けて投げつける言葉としつつ、おかよにまつわる部分は聞かせて「いいんだ、いいんだ、それもこれも、みんな、あたいの、あれが好きな性分から来てるんだもの。」からを独白にするのもあろう(これが最も多そうな気がする)し、終わりのほうの「焼けこげになりそうな人がいたら、あたいが、身代わりになってやるんだ……それが、人のつとめというものだ!……」をも矢太郎の後ろ姿に向けて喋らせるのもあるだろうと思う。その後のト書きの(寺の鐘が鳴る)までには退出させないといけないとは思うが、台本で言えば、やたらと多い「……」の間のどこでどういうふうにして退出させてもいいように書いてある気がした。


 それで言えば、おかよが決していじらしい女ではないことを語る宮城野の言葉を矢太郎に聞かせる台詞とはしなかった本公演の演出(西村和洋)を、僕は大いに支持している。あれが矢太郎に向けての言葉となっては、矢太郎の施した“愛想づかせるための悪態”に対して宮城野も同じことを返したことになってしまい、“あれ好き”の哀しみが際立ってこないことになるからだ。


 だから僕は、師匠殺しの件について、宮城野の独白としての「なんだい、なんだい。じゃ、ひょっとしたら、三人で最初からしめし合わせて、ぐるで……殺しを(騙りやがって)……なんだい、なんだい、人をバカにして……」と受け止めている。これが矢太郎に向けた言葉ではないのなら、少なくとも宮城野にとっての真実はそこにあったはずだ。


 矢太郎の殺しを“騙り”と観るほうが、やはり“夜なきうどん”の彼に相応しいと思わずにいられない。加えて、冒頭で宮城野から床に入ることを誘っても応じなかった矢太郎の願いに応えて「いいわ、なってあげるよ、裸に。けど、もう、崩れちゃってるんじゃないのかねえ、あたいの体なんか。」と言いながら、宮城野が客席に背を向けて帯を解いていた場面を観ながら、『人間の條件』での美千子(新珠三千代)の感慨深い場面を想起した僕の心象にも見合う気がしている。矢代静一が本作を書いたのが1966年なら、当時空前の大ヒットをした映画版も含めて彼はきっと観ていて、あの場面に影響を及ぼしているに違いないと思った。


 だが、演出者は矢太郎の殺しを“騙り”とは解していなかったようで、それどころか「矢太郎は写楽の偽絵を宮城野に渡すことで金を無心しにきた」との捉え方さえしていたそうだ。僕のなかに少々人物造形が違うような物足りなさが残ったのも当然だという他ない。











  ヤマ

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     (『間借り人の映画日誌』)

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2018年04月13日

2018年度すみゆめプロジェクト企画募集

「北斎」「隅田川」をテーマとし、墨田区を中心に隅田川流域の地域で、まちなかや広場、商店街や船上など、さまざまな場所で行われる企画を募集します。メイン期間を9月〜12月とし「人と人とのつながり、交わり」を創出していく独創的な表現活動が対象です。

「隅田川 森羅万象 墨に夢」(通称:すみゆめ) とは
葛飾北斎が90年の生涯を過ごした隅田川流域で、墨で描いた小さな夢をさまざまな人たちの手で色付けしていくように、芸術文化に限らず、森羅万象あらゆる表現を行っている人たちがつながりながら、この地を賑やかに彩っていくことを目指していくアートプロジェクトです。

【募集対象】
・「北斎」「隅田川」にちなんだ企画であれば、実施場所は問いません。
・墨田区を中心に実施しますが、 隅田川流域での活動も歓迎します。
・平成30年9月3日〜12月28日の期間内に完了する活動とします。
・文化・芸術のみならず多様な表現活動とします。
・法人格の有無は不問。個人での応募も可能です。

【支援内容】
・企画内容を検討のうえ、プロジェクト補助金(上限100万円)を交付します。
・墨田区が管理する文化施設などを、減免料金にてご提供します。
・展示施工や音響照明などの技術的なご相談に応じます。

詳しくは募集要項をご覧ください。

【応募受付期間】
2018年4月1日(日)〜 4月23日(月)

【応募締切】
2018年4月23日(月)必着

【応募先】
E-mailまたは郵送でご応募ください。

E-mail:sumiyume@sumida-bunka.jp
郵送先:「隅田川 森羅万象 墨に夢」実行委員会 事務局
〒1130-0013 東京都墨田区錦糸1-2-3
公益財団法人墨田区文化振興財団 内

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2018年04月03日

『報われません、勝つまでは 土佐弁ver.』現役高校生版・かつて高校生だった者たち版









'18. 3.25.  会場:高知市文化プラザかるぽーと小ホール


 同じ田上豊の作・演出による芝居のダブルキャストを「現役高校生版」「かつて高校生だった者たち版」とすることで少し造りを変えてきている2ヴァージョンの芝居を観て、かなり触発されるものがあって、大いに楽しめた。かつて高校生だった者たち版第2公演を先に観てから、現役高校生版第3公演を観たのだが、僕の好みは断然、現役高校生版のほうだった。高校ハンドボール部の部室一場の芝居だけに、高校生が高校生を活き活きと演じることで生まれているエネルギーのほうが、演技者の技術力の差異を上回っていたように思う。


 加えて、中心となる高校生部員以外の配役について敢えて対照的に配したと思しき、工事現場の男 福永弘と謎の女 本山裕美において、現役版の人物造形の魅力が断然上回っていたことが大きく作用していた気がする。現役版の木下瑞貴と浜田あゆみがなかなかよくて目を惹いた。かつて版の福永を帰化人にして台詞がろくに聞き取れない人物にしていたことで得られたものが、僕にはなにもなかった。


 先に観たかつて版では“土佐弁ver.”と銘打った“言葉”への囚われが、僕のほうに生じていたのかもしれないが、微妙な違和感が妙に気になった。なまじ地の言葉であるだけに日常語としてよりも舞台台詞として聞こえてくる響きが些細なところでも気に障ってくるのだろう。舞台経験が豊富で芝居語としての発声に経験の豊かなほうに、つい舞台口調が現れてくることに比べ、舞台経験の少ない若しくはないほうにはその虞の余地がないことが、図らずも幸いとなっている気がした。また、高南台高校スポーツ特進クラスの一雄が落ち零れた旧知の高知学院生の克人に与える屈辱にしても、かつて版の克人の顔を靴で踏みつける行為と現役版の克人の顔に水を浴びせかける行為とでは、同じく弟
浩二の怒りを買うにしても、かつて版のほうが遥かに味が悪い気がした。


 そんなこともあってか、かつて版の高校生たちの見せる強気と弱気の錯綜や暴力性に対して、僕のなかでは笑いが湧いてくることがほとんどなくて、部室のロッカーに施してある落書きの“働かざること山の如し”がいちばん可笑しいという少々勿体ない観劇になっていたのだが、現役版は思いのほか面白くて、随所で笑え、高校生の発揮する反射的な暴力性に対しても、かつて版に感じた厭味をほとんど覚えることなく、十七年前の『この窓は君のもの』['95](監督 古厩智之)の映画日誌に記した三十二年前の拙詩のことを思い出した。その詩の題は“失くしたもの、犯していること”なのだが、まだ失くしてはいない現役高校生と既に失くしているはずのかつて高校生だった者たちとでは、同じ場面を演じても生み出すことのできる空気に違いがあるのは、当然なのだと思った。でも中学生は過ぎ、高校生だから、ゲン先生が諭したように、喧嘩は奨励されると同時に制止されなくてはならなくなってもいるわけだ。

 





『この窓は君のもの』['95]の映画日誌http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2001j/11.htm














  ヤマ

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